麺づくりのプロに出逢った [とろろそばが出来るまで]
オーナー制度の農作物でとろろそばを作る…。大きく出てはみたものの、そば打ちは難しいと聞いてすっかり自信を失ってしまいました。そこに差し伸べられた救いの手。迷わず掴んだその手が、私を思いもよらない場所に導くこととなろうとは…。その顛末をご覧下さい。 |
text by 小川 恭
「麺づくりのプロをご紹介しますよ」
申し出てくださったのは、連載コラム「季節を遊ぼう!ゆる釣り部」を書かれている玉置さん。なんでも以前にその「麺づくりのプロ」と知り合う機会があり、とても仲良くなったのでその方を紹介してくださるという。
「簡単にできるそばづくり」などと書いてある本も、よくよく読むと「それって難しいじゃないの!」というようなことばかり書いてあって、すっかり不安にさいなまれていた私には、その「麺づくりのプロ」という単語が神そのもののように感じられて、思わず「ぜひお願いします」と口走っていたのだった。
約束の日、待ち合わせてさぁ出かけよう、というその時。
ぷつり
カメラや財布を入れていた手さげの取っ手がとれた。
…なんだこの不吉な予感満載の出だしは。
嫌な予感がする
玉置さんが先頭に立ってどんどん進む。
まだどんなところか教えてもらっていない。
黙って俺についてこい
ぴたりと歩みが止まる。
「ここです」
「おお!ここですね!」
「いや、そっちじゃなくてこっち」
「…え?」
看板の「そば」の文字が勇ましい、立派なおそば屋さんに着いたと思ったら、玉置さんはその隣の中華料理屋さんにすたすた入っていってしまった。
同じ麺でも
和の雰囲気は全く無い
「あの、麺づくりのプロって…」
「うん。刀削麺のプロ。」
「はい?」
…確かに彼は「麺づくり」と言っても「そばづくり」とは一言も言ってないのだった。
そうだ。この人は真顔で冗談を言う人だった。冗談なのか本気なのか分からない人だった。今思い出した。ほら、嘘って言いましょうよ。しかし今は冗談のような本気を言っているようだ。
麺づくりとは思えない図
刀削麺(とうしょうめん)とは、読んで字のごとく麺の生地を刀で削って湯の中に飛ばし入れ、ゆがいた麺のことである。
こちらのお店は初めてだが、刀削麺自体は何度か食べたこともある。きしめんのような、うどんのような、もちっとした歯ごたえと、ラーメンとは違うエスニックなスープの絶妙な組み合わせがとても美味しい麺だ。
だからといって、今このタイミングで刀削麺って、どうだ。
そばから一番遠い位置にある麺じゃないか。
同じ中華でももうちょっと共通項のあるものはなかったのか。
早合点した私が悪いですか。そうですか。
そう毒づいていても、もう玉置さんは着々と交渉を進めてくれている。
厨房のカウンターの向こうでそのプロ様=コックさんが待っている。もう逃げられない。
ぶれてもニヒルな笑顔
覚悟を決めていざ
お店の方々は笑顔で厨房に招き入れてくれた。
手を洗って、ぐらぐらと沸き立つ大鍋の前に立つ。
まずは持ち方から
巨大なかまぼこのような、板に乗った生地を手渡される。かなり重い。
書き忘れていたが、こちらのコックさんは日本語があまり得意ではない。というかしゃべれない。私は私で、当然中国語がわからない。
そうすると、二人の会話はジェスチャーと声の抑揚によるものになる。
出来の悪い生徒に先生イライラ
「ん~~~~!ん~~!!」
多分日本語に直すと「いやだから!そうじゃなくって!」という感じの抑揚でアドバイス(?)される。
刀の持ち方がなってないらしい
見かねた先生のお手本
…すごい。目にも止まらぬ早業で、とはよくいったものである。まさにそんな感じで、しゅるりと削られた麺が鍋のなかにふっとんでいく。
見よう見まねでチャレンジ
最初は刀が空を切るばかりで、ちっとも削れないのだが、「刀を生地から離さずにスライドさせ続ける」という教えのもと、しゃかしゃかと動かしていると、
しゅるっ!
見事麺が生まれ、鍋の中に飛び込んでいった。やった!
こうなったらもう楽しい。さっきまで毒づいていたことなど忘れて、夢中である。
先生のお手本披露の間もイメトレし続ける
鍋の側面にこびりついた麺は当然私のもの
ある程度鍋に麺が入ったところで、「もういいよ」という合図を出される。
この麺で、私と玉置さんが注文しておいた刀削麺をつくってもらうのだ。
私の頼んだ葱油叉焼刀削麺(辛さマーク1)
玉置さんの頼んだ麻辣刀削麺(辛さマーク3)
ほどなくして、麺がテーブルに運ばれてきた。見た目からしてもうすごく美味しそうなのだが、食べてみるとすごい。めちゃくちゃ美味い。スープが絶品だ。
美味い美味い
食べすすんでいくと、やたら太くて噛みごたえがもはや餅のようなものとか、イカゲソのように根っこがつながって枝分かれしたものとか、明らかに私がやったものが出てくるのだが美味い。
ブレブレだが麺の太さが分かるだろうか。
最後はワンタンの切れっ端みたいな麺ばっかり(それも私の仕業)だったが、レンゲですくって完食。ごちそうさまでした。
たぶん、自分で打つそばもこの刀削麺みたいに不格好なものばかりになるだろう。
でも、いいじゃないか。この麺づくりを終えて、私はそう思った。
多少の失敗なんてたいしたことない。自分で作ったものはきっと美味しい。多少まずくても食べちゃえばいいんだ。自分で作ったものなんだから。
全然種類の違う麺づくりだったが、「手作り」の醍醐味を教えてもらったような、そんな経験だった。
先生はとても優しい人でした
取材協力:栄福 東京都品川区西五反田2-29-10
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